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お知らせ

  • 2019/12/31(火) 23:59:59

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十干十二支をマスターするために

  • 2018/04/27(金) 21:34:36

今年初めてのブログ更新です。明けましておめでとうございますとでも書くべきでしょうか?

さて、先日の三国志研究会・愛知で「いつか書きたい三国志」の佐藤ひろおさんが干支について解説をして下さいまして、それからつらつらと考えてみたんですが、干支ってちょっと覚えればそれほど難しくないし、役に立つよなと。

※三国志研究会・愛知はガチな研究者の人から三国志に興味があるという人まで幅広い参加者層で、研究会という名の殺伐とした殴り合いみたいなことも無く、安心して参加できるイベントです。
 なによりテーマはもとより脱線から広がっていく話がめちゃくちゃ面白いのでおすすめですよ。たまに私もしゃべってます。

干支でよく知られているのは壬申の乱とか戊辰戦争とか、甲子園とかじゃないかと思います。ちなみに今年(2018年)は戊戌(つちのえいぬ)です。
まず支は十二支なので説明するまでも無いですよね。今年は戌年ですので年賀状で犬の絵を描いた人も多いはず。
干はあまりなじみが無いかもしれません。甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干です。昔は成績の評価を甲乙丙丁で表したそうですが、今では使われなくなりました。焼酎の甲種・乙種くらいでしょうか?そういえば艦これで改二乙とか丁とかあるのもこれです。

暦で使われる干支がどうなっているかというと、十干の甲乙丙丁…と十二支の子丑寅卯辰巳…をそれぞれ順番に組み合わせていきます。
つまり最初はそれぞれ1番目の甲と子で甲子、次はそれぞれの2番目の乙と丑で乙丑となり、それぞれの10番目の辛酉、次は干は1番目に戻り甲、支は11番目の戌となって甲戌となります。これをずーっと続けていくと60番目に10番目の癸と12番目の亥を組み合わせた癸亥となり、次は両方とも1番目に戻って甲子となります。60歳で還暦というのも60歳になると干支が一周して生まれた年と干支が同じになることから来ています。
今ではほとんど意識されませんが、年だけでなく日付にも干支は割り当てられています。『三国志』とか古い歴史書に「4月丙午」とか書いてあるのがこれです。ちなみに2018年4月27日だと己丑です。とはいえ今だと土用の丑の日くらいしか使わないかもしれません。
干支1s 


と、ここまではWikipediaでも書いてあるような話ですが、歴史マニアとしてちょっと違う自分を演出するために干支の順番を覚えたいという方もいらっしゃるでしょう。
※大正生まれの祖母は学校で暗記させられたそうです。ちなみに干支の次には歴代天皇を暗記だったそうで、干支なんかまだ楽な方だとか。
とはいえやみくもに順番を覚えようとしても大変です。そこで覚えるためのヒントをまとめてみました。

干支の法則
①十干と十二支はどちらも偶数なので、奇数の干と偶数の支が組み合わさることはありません。
丙午を「ひのえうま」と呼ぶように十干はきのえ・きのと・ひのえ・ひのと…と呼んだりしますが、木・火・土・金(か)・水と兄(え)・弟(と)の組み合わせになっています。つまり、甲乙は木の兄と弟、丙丁は火の兄と弟というように2つずつのペアになっています。
十二支もこれと対応するように子丑、寅卯、辰巳、午未、申酉、戌亥のペアにすると、ペアの前が十干の兄、後ろが十干の弟と組み合わされるのが分かりやすいかと思います。
②10増えるごとに支は2つ戻ります。
1番目の甲子から10増えると再び干は甲に戻りますが、支は11番目の酉となります。では21番目はどうかといえば干はまた甲で支は9番目の未となります。
つまり、最初の①甲子②乙丑③丙寅④丁卯⑤戊辰⑥己巳⑦庚午⑧辛未⑨壬申⑩癸酉だけ覚えてしまえば10,20,30といった上の桁にあわせて支をずらせば良いことになります。
※これを覚えるのが大変なんですが。
ためしに丙午が何番目になるのか考えてみましょう。丙なので順番の下一桁は3です。3番目は丙寅ですが、寅の2つ前は子、その2つ前は戌、その2つ前は申、その2つ前が午です。つまり40ずれていることになりますので、丙午は43番目ということが分かります。
丙午から28年後の干支は何かと考える場合も、43+28=71なので干は甲と分かります。支は28を12で割った余りが4なので、午から4つ後の戌となり、甲戌であることが分かります。
干支2 


年号と干支の計算

このルールを覚えておくと日本史や東洋史の年号は少し楽になります。
というのも、十干は10年で一周します。つまり、2018年が戊であれば2028年も戊ですし、遙か昔の208年だって戊なのです。
年に限って言えば甲=4、乙=5、丙=6…壬=2、癸=3という関係は変わりませんので、甲=4さえ覚えておけば年の下一桁を見るだけで十干を当てはめることができます。
乙丙丁戊己庚辛壬癸
したがって、戊辰戦争が何年のできごとか思い出せなくてもだいたい1800年代後半ということが分かっていれば58年か68年か78年のどれかというように絞り込めます。(正解は1868年)


そして干支を組み合わせて考える場合の基準は1番目の甲子ですが、最も覚えやすい甲子の年は西暦4年です。干支を知りたい年から4を引いたものを12で割った余りが1であれば丑年、4であれば辰年ということが分かります。2018年であれば、2018-4を12で割ると余りが10なので、戌年に当たることがわかります。
戊辰戦争の年号を正しく知りたければ、12の倍数+4+(辰年の)4の下一桁が戊の年の数である8になれば正解です。すると、12*155+4+4=1868というのが求まるはずです。
同様に壬申の乱であれば申年は8なので、12の倍数+4+8の下一桁が壬の2になれば正解です。したがって、12*55+4+8=672というのが求まります。
また、60年ごとに干支が同じになるので、西暦4年の660年後である664年も干支は甲子です。壬申は甲子から8つ後なので、664+8=672という求め方もできます。

いかがだったでしょうか?
ぱっと見はとても難解に見える干支を少し分かったような気分になっていただければ書いた甲斐があるのですが、とはいえドヤ顔で干支を語ると「キモい奴」という称号を与えられる可能性がぐっと高まりますので、使いどころは慎重に。
(さんがつ)

ツイッターで書き流すってもったいなくないですか

  • 2017/09/20(水) 23:16:17

若干煽り気味のタイトルなので先に結論を書いとくと、まとまった伝えたいことがある人は同人誌にまとめようよ。必要ならお手伝いするよ。ということが言いたい。

では本編。
この夏は自分史上最高にいろいろ新しいことに挑戦しまして、その中で同人誌を作った方、作ろうとしてる方と話をする機会をいただけました。よくよく考えてみればこれまでそういう機会は皆無に近かった。
話をするとしゃべりながら自分は同人誌についてこんなことを考えてたのかと気づくことが多々あります。ツイッターは考えてから書くので、思考の整理にはなるんですがそれ以上にはなりにくい。話すというのは思考のコアみたいなもっと深いところから言葉を引っ張り出す作業なのかもしれません。

そんな話はともかく、ここ最近の状況として面白いことを知ってる人がツイッターでつぶやいておしまいってもったいないなと思ってます。
もちろんTogetterみたいなのでまとめられてることもありますが、140字×数ツイートで伝わる内容ってどうしても薄くなるし、そもそもツイートって情報が薄くなりがち。
特にホームページやブログが流行らなくなってきたここ最近は思考結果が雲散霧消してしまってることが増えてるんじゃないでしょうか?
ホームページの更新が面倒でブログにしたのに、ブログの更新が面倒くさくなってくる不思議。
その一方で、肌感覚でしかありませんが歴史考証的な歴史の舞台を知るための知識のニーズって以前よりかなり高まっている気がします。このギャップってとてももったいないと思うんです。

手前味噌ですが、楽史舎は長くやってきただけあってそれなりの本が作れるようになったと思います。ありがたいことに、楽史舎みたいな本を作りたいと言っていただけることも増えてきた。
だったら本を作るネタを持ってる人の背中を少し押してみたいと思います。

同人誌を作るには調べる・まとめる・文章を書く・体裁を整える・印刷する・サークル参加する・書店に持ち込むなどなど、いろいろな作業が必要です。それぞれ1から考えるのは大変だし億劫です。
持っておられるネタについて、どうまとめるか、章立てするかなど、自分ならこうするというようなアイデアを伝えることもできますし、サークル参加が面倒であれば楽史舎で扱うこともできます。
とにかく、持ってるものをまとめて吐き出してみませんかという提案です。

こんなことに興味を持ってるのは自分しかいないだろうというようなネタでも、コミケだとなぜか面白がってくださる方が来ます。日食本が評価されるとかコミケしか無いよ。
それに本にまとめることで自身の知識が整理された新たな発見を得ることもあります。いいことずくめでやらないのはもったいない!

急に前のめりなことを書き連ねてどうしたんだと思われそうですが、早く動いてみないとツイッターが廃れてからじゃ遅いよなぁと漠然とした不安感から書いてみました。
そしてもう一つの動機。とにかく面白い本が読みたい。そしてあわよくば歴史ジャンルが盛り上がってほしい。
こんなことを書いてもなかなか難しいとは思いますが、興味を持っていただければありがたいです。
メールでもツイッターでも構いませんので、ご連絡いただければ。

ばたばたと

  • 2017/09/13(水) 23:36:45

というわけで、盆と正月にしか更新されない感のあるブログですが。

今年もいつも通りにコミケに参加して夏を終える気でいたんですが、ひょんなきっかけでいくつかイベントに参加させていただきました。
初めての経験を箇条書きするとこんな感じ。
・大崎駅の改札前で同人誌イベント参加
・『科挙対策律令』のツイートが6000リツイートを超える
・コミケでほとんどの本が売り切れ
・三国志研究会・愛知で「三国志と日食」について話す
・人形劇三国志を操演者の方と鑑賞
・同人誌を作ってる方とごはん
・三国志学会の東方書店の出店に楽史舎の本が置かれる
・本を買っていただいた青木朋先生の『はじめての即位』にサインを書く

これがわずか1ヶ月で起きるという目まぐるしさ。おなかいっぱいです。
とはいえ浸ってばかりもいられません。そろそろ冬に向けて原稿作業に集中します。

実相院門跡の渾天壱統星象全図について

  • 2017/02/25(土) 19:02:50

案の定、すっかりご無沙汰のブログですがご機嫌いかがお過ごしでしょうか? こちらは世を忍ぶ仮の本業がけっこうキツくなってまして、色んなものが滞っております。非常につらい。

で、ストレスが溜まりに溜まったところで勢い良く京都に飛んできました。
お目当ては岩倉にある実相院門跡の特別展示・渾天壱統星象全図展です。何よりまず案内チラシがたまらなく良いものでして、これは拝見せねばなりますまい。
朝一番でお客さんが誰もおらず、貸切状態のかぶりつき。チラシの通り色遣いが素晴らしく、真ん中に星図、四方を天文に関する記述で囲むという構図は非常に美しいです。複製でもいいので持って帰れるものなら持って帰りたい。というか何でポストカードの一つも無いんですか実相院さん。

屏風の前に座布団が敷かれていますので、その空間を独り占めしながら『軍師必携 天文』の星図と見比べてみたんですが、何か違和感があります。

チラシを見た時点ではこの星図は宋代の淳祐天文図を写したものだろうと推測していました。しかしどうやらいろいろ違うようです。
今回はいくつか箇条書きにしながら思うところを書いてみます。

①軒轅の分割
軒轅
軒轅というのは古くからよく知られている星座で、どの星図を見ても形が変わることはありません。皇后を象徴する星であり、『晋書』天文志では南の方の星について左の星は少民であり、右の星は大民であるとあります。これは皇后・皇太后の親族です。

ところがこの星図では上の方の星と皇后を象徴するレグルス以下の星で分割されてしまっています。また、左の星は「土民」と書かれています。あえて軒轅の文字を星座の上の方に書き、レグルス以下の星に上民・大民・土民・御女と書いていることから、これらを別の星座と認識していた可能性は高いように思います。



②2星ある招揺
招揺
招揺という星も軒轅と同様に古くからよく知られている星座です。うしかい座の3等星で、かなり目立つ星なのですが、星図では2つの星が招揺とされています。
そばにあるの玄戈は2星とする本があったりしますが、招揺が2星あるというのは見たことがありません。



③王良の位置
王良
王良というのはちょうど今のカシオペア座に当たります。非常に明るい星ですし、北極星を探す目印でもありますので実際に空を眺めて見た方も多いのではないでしょうか?
これも上2つの星座と同様、古くからよく知られている星座です。この星図でも放射線状に星をつなぐ特徴的な星座の形が描かれています。
しかし不思議なことに王良の文字は星座の近くには無く、隣の騰蛇のそばに書かれています。間違えることは考えにくい星座を間違えているという点で非常に強い違和感を感じる項目です。



④翼宿の分割
翼宿
翼宿というのは中国の星座で最も重要な28宿を構成する星宿のひとつです。それでいて非常に暗い星が含まれているとしか思えない、形がよく分からない星でもあります。
星図では翼宿で最も明るい星々をつないだ中央の7星だけを翼宿としています。そしてその北側には「大角」と書かれた5星の星座が描かれていおり、南側には「司方五」と書かれた星座が描かれています。他の星図にはこれらのような星座は無く、おそらく翼宿の上部・下部にあたる星ではないでしょうか?
ここからは勝手な推測になってしまいますが、星図によっては一部の星が見えない星座に「○星不見」のようなことが書かれていることがあります。「司方五」に相当する星はいずれも暗い星ですのでそのそばに「司方五」を含んだ文字が書かれており、それを星座と勘違いした可能性もあるのではないでしょうか?



⑤その他
十二国の描かれ方が独特だったり、その真ん中に「正旗」という星座があったり、氐宿の描かれ方も妙だったりといろいろ指摘すればきりが無いのですが、ここでは割愛します。

で、どういうこと?
否定的なことを書くのは心苦しいのですが、勝手な想像が許されるならこの星図は天文についてあまりよく知らない人物が星図のデザイン性に着目して取り込んだものではないでしょうか? 現代でもデザイナーが対象についてよく理解しないままに格好いいからという理由で作品に取り込んで妙なことになっている、という例は多々ありますし、似たようなものなのかもしれません。
大阪市立科学館で出されている研究報告に「この星図は中国・清朝の道光年間に刷られたものであるが、中国にはほとんど残存しないのに対し、日本で何枚か見つかっている」とあります。さらに踏み込んで穿った見方をするなら中国からの伝来品ということ自体が事実では無いということもあるように思います。
推測の正否はともかく、この星図が中国で学術的に描かれた星図と相違があるというのは言い切ってしまっても良いのではないでしょうか?

以上、つらつらと書いてみましたが、しかし美術品としては非常にすばらしいものです。
ガラス越しではなく、至近距離から直に見られるチャンスは3月20日までですので、機会があれば是非ともお出かけください。

(さんがつ)

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